バイオマスモノマーを用いた主鎖生分解性ゴムの開発と機能化

髙坂泰弘
(信州大学繊維学部 テニュアトラック助教)

2017年1月26日木曜日

特別展「宮沢賢治と化学」を見て

先日,宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」がインターネットで話題になっているのを見て,昨年大阪に行ったときのことを思い出しました.


これは,宮沢賢治が使用していたカリ球という化学実験の器具を再現したものです.
その頃,大阪市立博物館で「宮沢賢治と化学」という企画展が開催されていました.
当研究室にガラス器具を納入頂いている古川理工様の寄贈品が陳列されていると伺い,近くに用事があったので,ついでに拝見した次第です.

余談ですが,この大阪市立博物館は化学の展示が充実した,全国的にもたいへん珍しい科学館です.



私の研究分野の高分子化学も,大きく取り上げられています.
臭いや手触りなど,実際に体験しながら学べる展示になっていますので,お近くにお越しの際は是非覗いてみて下さい.プラネタリウムも目を見張るものがあります.

さて,展示を拝見して,宮沢文学が化学的な事象を扱っていることを知り,改めて読み返してみたくなりました.
悲愴的な内容が多いので,子供の頃はあまり好きではなかったのですが,今なら表現の一つ一つを噛みしめる余裕があるはずです.

科学者としてもう一人,気になる存在が寺田寅彦です.
この方は随筆集が有名ですが,科学者としても超一流で,結晶物理学で業績を残しています.弟子に人工雪で有名な中谷宇吉郎がいることも興味深く,科学と日常の接点を捉えた点に共感します.

私はまだ全集を手にしたことはないのですが,海外出張の飛行機内など,時間が取れるときに読んでみたいと思っています(といいつつ娯楽小説を読んでしまいますが).

現代の生活は当時から考えられないほど発達し,科学技術に溢れています.
その反面,単純な原理で動く機械が減っていたり,工業デザインの結果,目に見えない工夫がされていたりするので,何となく面白みに欠けます.

ブログでも,こうした日常の科学にも触れる機会があればとも思いますが,そうしたブログやwebサイトは既に充実していますので,ここでは引き続き,「研究ブログ」の理念に根ざした最先端のお話を進めることにします.



2017年1月25日水曜日

学生実験5 最新の研究成果を織り込む

ここ最近は,学生実験の話題を連載しています.
(未読の方はこちらをどうぞ.)

毎度ながら,今回の授業の基本方針を再掲します.

1. 化学反応が目で見てわかる
2. 分子設計が高分子の材料特性に与える影響を触って体感できる
3. 同じ物質を異なる手法でで作る
4. 定番ではなく,安直なネット検索では資料がヒットしない
5. 最新の研究成果を織り込む

今回は最後の項目, 5. 最新の研究成果を織り込む について記載します.

せっかく新しい実験を企画するので,過去にない内容を盛り込もうと考えていました.

私の研究室では,高機能な生分解性プラスチックの合成をテーマの一つに掲げています.

一般には生分解性プラスチックは金属触媒を用いて高温で1時間以上加熱して合成するのですが,約10年前に発見された有機分子触媒を使用すると,室温で,たった1,2分で反応が完結します!

これは革命的な発見で,以来世界中の研究者がこぞって研究を進めており,
現在でも最新の研究成果が相次いで発表されています.

私はこの反応を利用するだけのエンドユーザーですが,
大変便利で有り難い発見だと思っています.

そうえば,今回の学生実験は

1. 化学反応が目で見てわかる
3. 同じ物質を異なる手法でで作る

という指針がありました.

生分解性機能ポリマーを従来法で合成すると,高温で融けた液体原料が固体になりますので,化学反応が見た目でわかることになります.
また,先述の最新の手法と比較すれば,3. 同じ物質を異なる手法でで作ることにもなり,かつ5. 最新の研究成果を織り込むことができます.最先端と言うだけでも,少しはモチベーションが上がるのではないでしょうか.

もちろん,最先端だけに不測の事態も考えられます.
少々心配していましたが,高分子学会の会報にも同様の実験を紹介する記事 (PDF) があり,自信を持って企画を実行することができました.

問題は…ランニングコストです.
最先端だけあって,試薬が非常に高い!!

幸い,他の実験で使う試薬をメーカーから提供頂けることになり,何とか実施することができました.今回まとめ買いしたので,向こう5年は大丈夫そうです.

2017年1月17日火曜日

学生実験4 分子設計を体感する

ここ最近は,学生実験の話題を連載しています.
(未読の方はこちらをどうぞ.)

毎度ながら,今回の授業の基本方針を再掲します.

1. 化学反応が目で見てわかる
2. 分子設計が高分子の材料特性に与える影響を触って体感できる
3. 同じ物質を異なる手法でで作る
4. 定番ではなく,安直なネット検索では資料がヒットしない
5. 最新の研究成果を織り込む

今回は, 2. 分子設計が高分子の材料特性に与える影響を触って体感できる がテーマです.

1. 化学反応が目で見てわかるのときにも書きましたが,
化学は対象(原子・分子)が目に見えないので,イマイチ実感しにくい学問です.
そこで「分子を設計」なんぞ言われても,何のことやら想像できないのではないでしょうか.

ですが,ここで詳しく解説しても蛇足なので,後で実験内容とともに説明するとして,
まずは話を学生実験に戻します.

実は今回,上記の5つの基本方針とは別に,実践したいことがありました.
それは,チームプレイです!

一般的な学生実験では,1人~数人単位で与えられたテーマに沿った実験をします.
これは,個人の技量や知識の育成が目的であることに加えて,
50~100人以上を一斉に指導する事情から,管理統制が取りやすいこと,
あるいは教授内容に不公平を生じさせないこと,などが理由でしょう.

一方,研究室や企業ではチームプレイも大事です.
自分の実験が他人の成果に影響を与える,そんな状況が1回くらいあってもよいのでは?と思いました.

個々の実験に責任を持たせることも重要ですし,
何より

「他のみんなと結果を比べて見よう!」


というのは,ワイワイ実験できて何となく楽しそうですし,大人数だからこそできる仕事もあるはずです.

それで,初めは

「1人1点ずつ何かの数値(例えば反応速度など)を実測して,
クラス全体の結果をグラフにプロットして繋ぐと,理論直線と一致する」

というアイディアを考えました.下の図のようなイメージですね.
(ちなみに,これは0次反応の模式図ですが,こんな現象は滅多にないので悪しからず)



しかしながら,これは結構残酷な実験で,理論値との誤差の大小から実験の得手・不得手が一発でわかります.
上の図の場合,G君の結果だけ直線から大きく外れていて,明らかに何かおかしいですね.
これは,かなり露骨に吊し上げている印象です.

それで,数値化するのはやめて,質感の違いを体感して貰うことにしました.

今回は,ポリウレタンを作ります.
ポリウレタンにも色々ありますが,今回はエラストマーと呼ばれるゴム状の弾性体を合成します.
ゴム靴の底の材料,あるいは卓球ラケットのゴム,と言えばお分かり頂けるでしょうか.

それで,改めて冒頭の

2. 分子設計が高分子の材料特性に与える影響を触って体感できる

です.

班ごとに,原料の組成(配合比)を変えて貰うことにしました.

ある班では予定通り柔らかいゴムになりますが,
ある班ではカチコチの樹脂に,ある班では全く靱性のない,脆い材料になりました.

最後に全ての班の試料を集めて品評会をやって,原料の組成がゴム(もはやゴムですらない試料もありますが)の性質にどう影響するのかを考えます.

もちろん,背景となる理論や知識はその場で講釈しますが,百聞は一見に如かず,現物があると理解しやすく,また記憶にも残りやすいものです.

こうして,学生実験の4日目も無事に終了しました.






2017年1月16日月曜日

学生実験3 同じ物質を違う方法でつくる

前回から,学生実験のお話をまとめています.
(未読の方はこちらをどうぞ.)

繰り返しますが,今回の授業の基本方針を再掲します.

1. 化学反応が目で見てわかる
2. 分子設計が高分子の材料特性に与える影響を触って体感できる
3. 同じ物質を異なる手法でで作る
4. 定番ではなく,安直なネット検索では資料がヒットしない
5. 最新の研究成果を織り込む

今回は, 3. 同じ物質を異なる手法でで作る がテーマです.
何でこんなことを考えたのか?

有機化学の学生実験では,いわゆる定番レシピに従って実験すれば,おおよそ目的物が得られます.
考察するポイントはたくさんあるのですが,どういうわけか収率(※)ばかり議論するレポートが多くなります.

※収率…原料から期待される目的物の重量(理論収量)に比べて,実際に目的物がどれだけ得られたかを示す値.

それは無意識のうちに実験を「成功」「失敗」の二元論で考えていて,収率が100%であれば「成功」で,以下収率が下がるごとに「失敗」の様相が濃くなる,と捉えているからでしょう.

ところが,現実はそう単純ではありません.

例えば,副反応(目的以外の反応)が存在する場合,あるいは可逆反応で平衡状態(それ以上反応が進まない状態)にある場合,収率が100%に成る方が不自然です.

あるいは,どんな病気も治す万能薬があったとして,その合成ではどう頑張っても収率が1%だった場合はどうでしょう?この実験は失敗か成功か…たぶん成功でしょうね.なぜなら,どんなに高価でも,それを必要とする人はいるはずだからです.

そんなわけで,「収率」以外の考察を想起させる実験テーマを設定したいと思いました.
そこで,3. 同じ物質を異なる手法でで作ることを考えました.

前回,フェノールフタレインの重合を紹介しました.
今回は,この高分子を前回(界面重合)とは別の手法(溶液重合)で合成することにしました.

使用する薬品はもちろん,実験装置から反応中の様子まで,もう全く違います.
同じのは原料の試薬(フェノールフタレインほか)だけですが,これで同じ物質ができるから面白いものです.

で,結果はどうなったか?

(左)界面重合(右)溶液重合で合成した高分子

写真の左が前回の実験(界面重合)で,右が今回の実験(溶液重合)で合成したポリマーです.
ご覧のように,同じ物質とは思えないほど見た目が全然違います.

冒頭で3. 同じ物質を異なる手法でで作ると書きましたが,本当に「同じ」なんでしょうかね…
確かに原料も高分子の化学構造は同じですが…

実は,今回(写真左)の実験では前回(写真右)と違い,高分子合成に最適な条件を設定しました.
そのため,フィルム状,あるいは繊維状のポリエステルが問題なく生成したのです.
両者とも高分子の化学的な構造は同じですが,分子量(重合度)や不純物の含有率が大きく異なります.
これが,見た目の違いに反映されました.

この実験では,「同じ」とは何なのか,両者の違いはなぜ生じたのか,2つの合成方法の長所と短所は何なのか…など,たくさんの疑問が生じます.この辺りを考察して貰えれば,もはや「収率」という面白くもない技術論から離れたレポートが書けるはずです.

実際にどんなレポートが出てきたかは,ここでは書くことができませんので.皆様のご想像にお任せします.

2017年1月13日金曜日

学生実験2:化学反応が見た目でわかる

前回に続き,学生実験のお話です.
(前編を未読の方はこちらをどうぞ.)

はじめに,前回の葛藤から定めた基本方針を再掲します.

1. 化学反応が目で見てわかる
2. 分子設計が高分子の材料特性に与える影響を触って体感できる
3. 同じ物質を異なる手法でで作る
4. 定番ではなく,安直なネット検索では資料がヒットしない
5. 最新の研究成果を織り込む

なぜこうなったかというと…

1. 化学反応が目で見てわかる

化学を教えていると,対象が目に見えないことに苦労します.

例えばpH(水素イオン濃度)についても,言葉だけではイマイチぴんと来る現象ではありませんが,現実には酸性雨が降り,レモンは酸っぱく,打ちっ放しのコンクリートに溜まる水たまりは強アルカリ性です.

pHについては,リトマス紙などの指示薬を加えると,目に見えるようになります.
ストレートティーにレモンを加えると,色がわっと変わるのと同じです.

それで,ピンと来ました!



フェノールフタレインです.この試薬はアルカリ性水溶液で赤色を呈する性質がありますが,実は重合してポリエステルにすることができます.

早速実験してみると…


 

  

こんな感じでどんどん色が消えていきます.
フェノールフタレインが反応して,ポリエステルに変化している証拠です.

実際にポリエステルを回収してみると,こんな感じです.


粉末ですが,あまりポリエステルっぽくないですね.

実は今回は色が消えることを重視したため,高分子合成に最適な条件設定から意図的に外してあります.いわゆるポリエステルは分子量が数万以上の巨大分子(フェノールフタレインが50分子以上連結している)ですが,今回のは分子量が数千(フェノールフタレイン数分子~10分子程度が連結)です.

あと,実験操作を端折っているので,高分子以外の不純物が結構混ざっています.

この辺りは実験後の「考察」の対象になるのですが,果たしてどんなレポートが出てくるでしょうか.

長くなりましたので,続きは次回に回します.

2017年1月12日木曜日

学生実験1:構想を練るまで

新年あけましておめでとうございます.

今日は,先ほどレポート採点を終了した学生実験の話題です.

理系大学では,実験技術の修得や観察力・考察力の育成を目的に,学生による実験実習,いわゆる学生実験があります.
私も2年,3年とそれぞれの学年を受け持っているのですが,3年生はテーマ設定から自由に裁量することができるので,自分にとっても有意義な経験となりました.

高校までの授業と違い,大学には全国一律の学習指針はありません.
私が担当する有機化学分野でも,教科書は日本語,英語と多数出版されていて,収録されている内容は大方同じではあるものの,反応の具体例や章立て,難易度など教科書に少なからず差があります.

学生実験も似たようなもので,いわゆる「定番」の実験はあるものの,何を実施するかは大学や学科によって全然違います.

今回も自由裁量とはいえ,「定番」を経験することも結構大事と思い,初めは定石でテーマを探索しました.
「定番」には定番たる所以が必ず存在するわけで,やはり実験技術や講義との関連など,よく設計されているものです.また,限られた予算で安全に実施する必要もありますので,テーマ設定も自由にできるというわけではないのです.

ところが,シラバスを見てみると「定番」は他の先生方が既に実施されていて,はたと迷いました.
しばらく(数ヶ月)考えた後で,発想を根本から見直すことにしました.

基本方針は以下の5つ.

1. 化学反応が目で見てわかる
2. 分子設計が高分子の材料特性に与える影響を触って体感できる
3. 同じ物質を異なる手法でで作る
4. 定番ではなく,安直なネット検索では資料がヒットしない
5. 最新の研究成果を織り込む

長くなったので,どんな実験をしたかは,次回にしたいとおもいます.